国指定重要文化財・東京駅丸の内駅舎の中に位置し、「リビング・ヘリテージ(使い続ける文化財)」と称される、東京ステーションホテル。JTBコミュニケーションデザイン(以下、JCD)が提供する「CO₂ゼロSTAY®」を活用し、東京ステーションホテルの公式ウェブサイト経由で予約した全室で、宿泊時に生じるCO₂排出を実質ゼロにできるという先進的な取り組みを、業界に先駆け2023年6月からスタートさせました。
今回は、脱炭素ソリューションを運営する担当者とともに、東京ステーションホテルの副総支配人、八木千登世氏をお訪ねし、脱炭素への挑戦、サステナビリティのあり方について語り合いました。
東京ステーションホテル
役職は2024年3月31日時点のものとなります。
― まずは東京ステーションホテルにおける、八木様の業務についてお聞かせください。
八木氏
私は、東京ステーションホテルの副総支配人およびマーケティング&セールス部の責任者として、特にマーケティングの側面でサステナビリティに関わっています。社会やお客様から一層選ばれるホテルになるための施策を推進する立場として、「ブランディング」は大変重要だと考えており、その中でも環境問題への取り組みはホテルの価値を高める大きな要素ととらえています。
― 観光業界のサステナビリティに対する意識・課題感については、どのようにお感じですか?
八木氏
サステナビリティは、観光業界全体で取り組むべき課題です。なぜなら異常気象や温暖化は、観光資源となる自然や観光地の維持に直接大きな影響をおよぼすため、そのような大切な資源とともにある我々こそが、環境問題やカーボンオフセットへの取り組みに真剣に向き合うべきでしょう。
旅行者のサステナビリティに対する意識も高まっています。2023年版「サステナブル・トラベル」に関する調査結果(ブッキング・ドットコム社)によれば、日本人を含めて世界の80%の旅行者が、「よりサステナブルな旅行をすることは自身にとって重要である」と回答しています。
一方、「今後1年間において、よりサステナブルに旅行したい」と回答したのは、世界では76%である一方、日本は56%、「サステナブルな認証を受けた旅行のために追加料金を払っても構わない」と考える割合は、世界が43%で日本はわずか22%でした。
総じて日本人観光者のサステナビリティへの意識は世界水準を下回り、グローバルと日本ではかなりギャップがあると感じています。この国が観光立国を目指すのであれば、業界全体として共通の課題意識でサステナビリティに取り組む必要があると思います。
井上
八木様がおっしゃるとおり、観光業界こそ気候変動を強く意識すべきだと思います。東京ステーションホテル様は、明確に環境意識が高いお客様を獲得するグローバル視点をお持ちです。組織として高い使命感でサステナビリティに取り組むことで、競争力や企業価値を高めているホテルだと感じます。
― 実際にサステナビリティに関する要望やニーズを感じたシーンはありますか?
八木氏
実際のセールスの側面からも、グローバル基準でのサステナビリティへの貢献が、ホテルに対して求められていることを感じます。例えばグローバル企業との法人契約の際、条件にサステナビリティに対する非常に細かい審査基準が設けられてきています。
また、当ホテルが加盟する「スモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールド(※注1)」では、サステナビリティへの取り組みを推進しているホテルを、積極的にサポートしていますし、世界の旅行会社が作るコンソーシアムや「フォーブス・トラベルガイド(※注2)」でも、選ばれるホテルになるためのチェック項目として、ホスピタリティやアメニティといった項目の中に、新たにサステナビリティに関する項目が加わりました。
このように、世界的にはサステナビリティを意識した運営が当たり前になっていますが、日本の観光業界の中だけにいると、こうした世界の潮流に関する情報がなかなか入ってこない傾向にあると思います。
吉田
観光業界におけるグローバルでの潮流や、日本の立ち位置など、八木様ご自身が情報を積極的にキャッチして、グループ内での情報共有に努められているのですね。
※注1:スモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザ・ワールドは、90カ国以上の520軒以上の独立系ラグジュアリーホテルが加盟する、世界最高峰のラグジュアリーホテルの会員組織。
※注2:フォーブス・トラベルガイドは、ホテルやレストランが提供するホスピタリティを世界で初めて"5つ星"の格付けシステムで評価した、世界的な権威を誇るトラベルガイド。専門の調査員による900もの厳格で客観的な評価基準があり、東京ステーションホテルは8年連続で4つ星を獲得。
(2023年度現在)
― 東京ステーションホテルではどのような方針で、どのように取り組みをされているのかお聞かせください。
八木氏
SDGsへの取り組みは、当ホテルを運営する日本ホテル株式会社の方針としても重視されています。
日本ホテル株式会社では、コロナ禍において重点的に取り組むべき要素ごとに、合計5つの分科会(環境/食品(フードロス)/安全・安心/D&I/地域活性化)を立ち上げました。さらに各分科会では活動の進捗を共有したり、全体的な課題を議論し合ったりするSDGs推進委員会も生まれています。
東京ステーションホテルならではの取り組みとして、宿泊したお客様が使用した石けんを再生し途上国へ配布するプロジェクトへの参加(https://www.tokyostationhotel.jp/event/cleantheworld/)や、端材から作ったコースターのホテル内での利活用などを通じて、無駄やロスのない社会への貢献活動を行っています。
それらに加え、2021年からはCO₂ゼロMICE®を、2023年からCO₂ゼロSTAY®を導入しています。
― 2023年のCO₂ゼロSTAY®導入に先立ち、CO₂ゼロMICE®を導入されていますが、きっかけや動機、また導入後の反響についてお聞かせください。
八木氏
吉田さんからまず、CO₂ゼロMICE®を紹介されました。グローバルリゾートには、再生可能エネルギーを使ったホテルやカーボンオフセット対応のホテルがポピュラーになりつつあるのに、日本ではなぜ広がらないのだろうと常々思っていましたから、CO₂ゼロMICE®はとてもうれしい提案でした。
吉田
東京ステーションホテル様は、環境配慮への強い熱意と想いをお持ちで、CO₂ゼロMICE®のような先進的な取り組みを受け入れてくださるのではないかという期待がありました。特に、ラグジュアリーホテルや高級旅館を利用されるお客様は、環境問題への意識が高いという傾向があります。そんな中で東京の中心に存在するラグジュアリーホテルが導入するインパクトや社会的意義は大きいと考え、ご提案しました。
八木氏
CO₂ゼロMICE®は、ホテルがお客様に提案し、宴会をご利用になる企業の方が費用を負担する形態です。ご提案しやすい仕組みのサービスなので、社内の同意も得やすく、「ぜひやりましょう」とすぐに導入が決まりました。
2022年4月~2023年3月の1年間で、CO₂ゼロMICE®の利用は20件と、初年度としては悪くない実績でした。繰り返し利用してくださるグローバル系の企業もあり、ご案内できる企業様の幅を広げて、実績をさらに伸ばしたいと思っています。
― その後CO₂ゼロSTAY®のサービス開始が発表されました。初めてこのプログラムを紹介された時は、どのような印象でしたか?
八木氏
CO₂ゼロSTAY®こそ、「これを待っていました!」という待望のプログラムでした。テスト導入先のホテルとしての位置づけでお話をいただき、「ぜひテストに使ってほしい」と即答したほどです。
井上
宴会や会議イベント部門が中心となるCO₂ゼロMICE®を商品化したときから、「宿泊事業での脱炭素を目指したい」というニーズを多く頂戴しており、当社も宿泊版の脱炭素ソリューションの開発に注力していました。
吉田
SDGsに関わる施策は、決定権のあるリーダーの意思や行動力次第であると思っており、CO₂ゼロMICE®をご提案する際、副総支配人というお立場の八木様が最初から商談の場にいらっしゃったことで、SDGsに関する姿勢を知り、CO₂ゼロSTAY®もまずは八木様にご相談してみようと思ったのです。
八木氏
とはいえ、CO₂ゼロSTAY®の導入方法は思案しました。
まず、宿泊するお客様に費用をご負担いただく形のプランを考えたのですが、「売れるの?」「どういう人が利用するの?」と、社内の誰もが懐疑的でした。
ところが、実際に宿泊プランとして提示した時に反響があり手ごたえを感じたのです。それならばホテルとしてもっと貢献できるやり方はないか?脱炭素を進める方法は? と模索し、公式ウェブサイト経由での予約全室にCO₂ゼロSTAY®を適用し、費用をホテルが全額負担する事を決めました。
― 全額負担に至った背景や想い、ご苦労された点などをお聞かせください。
八木氏
脱炭素への取り組みで、日本のホテルとしてできることは何もないのかと、もどかしく悶々としていたなか、2023年4月にとある日系LCCが、世界で初めて通年で特定路線のフライト全便をカーボンニュートラルにするというニュースが飛び込んできました。日本企業が世界初の取り組みを宣言した! そのことがとてもうれしく、そして誇らしく思いました。
「我々も一歩踏み出すべきだ」。
このニュースは、脱炭素に関して当ホテルが観光業界を啓蒙していく使命を感じていた私の背中を大きく押してくれました。
そして、「東京のランドマークでラグジュアリーホテルを運営する我々だからこそ、宿泊プランにCO₂ゼロSTAY®を適用して、日本初の試みとして発信しましょう!」と総支配人にお話し承認を得て、自社サイトからの予約に関して、当社が費用をすべて負担すると決め、2023年6月から運用を開始したのです。
吉田
実行までのスピード感にもとても驚きました。まさにトップの熱意がホテル全体に波及し、実行につながったのだと思いました。先陣を切って即断の導入に心強さを感じています。
井上
SDGsは、企業のフィロソフィーに直結します。グローバル基準のサステナビリティが消費者の選択条件になる時に、東京ステーションホテル様は一歩以上先んじているという世界観を、今まさに構築していらっしゃるのだと感じました。
八木氏
サステナビリティは、お客様のおもてなしにダイレクトにつながっています。その理由を、2つの側面からお話ししたいと思います。
まず一つ目が、「当ホテルが位置する丸の内の駅舎そのものがサステナビリティ」であることです。駅舎は、100余年継続的に使用している、「使い続ける文化財(リビング・ヘリテージ)」としての存在価値があり、10年前にリニューアルした東京ステーションホテルの存在自体が、サステナブルを体現しています。壊して作り直すスクラップ&ビルドではなく、リビング・ヘリテージの価値を最大限生かした建物自体が観光資源となることで、お客様に東京ステーションホテルへ滞在したいと思っていただける理由の一つになっています。
もう一つが、フィロソフィーです。2012年10月のリニューアルに伴い「ビジョン・ミッション・コアバリュー」をあらためて宣言しました。私たちに課されているのは、ミッションステートメントの第一に「東京を代表するホテルとして、環境保護や地域への貢献に積極的に取り組むこと」。これは、当社の社会的責任(CSR)でもあります。そして社員が常に携帯するクレド(Our Promise)に明記されたこの指針を、お客様に共感していただきながら具現化していくことが、私のミッションと自覚しています。
全従業員が携帯するクレド(Our Promise)
― JCDのCO₂ゼロMICE®、CO₂ゼロSTAY®をどのように受け止めていらっしゃいますか?
八木氏
CO₂ゼロMICE®、CO₂ゼロSTAY®のいずれも、プログラムの仕組みを評価しています。
カーボンオフセットには、Jクレジットの登録や入手、在庫管理など実施に大変負荷のかかる作業が伴い、ホテルが自社で取り組むには、あまりにもハードルが高い業務です。その大変な部分をJCDさんが代行し、パッケージして提供するという発想が秀逸で、ホテル側は一切の手間をかけずに、脱炭素活動に取り組めます。
様々な事業を通じ観光業界や電気事業の知見を持つJCDさんだからこその強みですね。
吉田
私は長年の営業経験から、ホテルの現場がいかに多忙か存じております。脱炭素に向けたプログラムがあっても、その手続きや実行の煩雑さを前に、取り組みをあきらめてしまうホテル様もあるはず。その煩雑な部分はJCDがカバーすると決めて商品化しましたので、八木様から「仕組みがよくできている」との評価をいただき、とてもうれしいです。
先般、『第1回 JATA SDGsアワード』で優秀賞を受賞、さらに『第7回ジャパン・ツーリズム・アワード』でも入賞し、業界からの評価も自信につながる出来事となりました。
世界の温室効果ガスの約10%は観光業が排出しているともいわれています。今後脱炭素の取り組みが観光業全体に波及するよう、これからもお役に立てるソリューションを提供していこうと、心を新たにしました。
井上
「我々がまずやるのだ」という意気込み、東京ステーションホテル様の心意気に大いに共感するとともに、日本初、業界初を意識する重要性に気づきました。
Jクレジットやサーキュラエコノミーなどを通じ、日本で生まれた環境価値を観光業界全体に循環させていきたいと考えていたところ、脱炭素先進国となるためのフックを再認識した思いです。
― 最後に、この記事をご覧の皆様へのメッセージをお願いします。
八木氏
東京ステーションホテルは、「Classic Luxury」のコンセプトの元、長く愛される本物であり続けるとともに、心の豊かさをお届けしたいとの思いで、日々おもてなしに努めています。
お客様には、当ホテルに宿泊することで環境に貢献できるという価値をお届けしたい。宿泊することで幸せな気持ちになっていただけるホテルでありたい。お客様にとって、滞在が快適かどうかは極めて重要なファクターであり、お客様に共感をいただきながら、気持ちよくお過ごしいただける着地点を見つけて、できることをコツコツやっていこうという心構えでおります。
日本が観光立国を標榜するならば、観光サービスを提供する我々の脱炭素への取り組みも、この国全体が豊かになる、日本社会への貢献に繋がる、と信じています。
多くの課題はありますが、JCDさんをはじめ業界皆の力を合わせて、ともに前進していきましょう。
吉田
自然や人々の交流を生業にする観光業界の脱炭素への取り組みは急務だと確信しています。その中で、東京ステーションホテル様と共に取り組みを進めることができ、心強く思っております。私たちJCDは、事業パートナー様にソリューションを提供することで、共に観光業界の脱炭素を推進していくという強い想いを持って日々活動をしています。今回お話の中でいただいたヒントを元にソリューションを磨き上げ、より皆さまのお力になれるよう進めてまいります。
井上
脱炭素は、環境保全と観光業の成長を同時に実現することのできる重要な取り組みであると確信しています。そして、それを前進させていくためには、コ・クリエーション(共創)の視点は欠かせません。お客様、企業、業界団体など多様な立場の人たちと共創し合い、新しい価値を発信していければと思います。東京ステーションホテル様との取り組みはコ・クリエーションの第一歩であり、本日のお話の中でいただいた沢山のヒントを参考に今後も高質なソリューションを創出し続けていきたいとあらためて実感しました。100年後を見据え、業界全体で挑戦していきましょう。
東京ステーションホテルでは、この「CO₂ゼロSTAY」の取り組みをさらに強化するため、これまでは自社経由のご宿泊予約に対してだったものを、2024年4月からご予約の経由を問わず、すべての客室をプログラムの対象にいたします。
これにより、東京ステーションホテルでのご宿泊はすべて、省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの拡大、森林保全活動に貢献することになります。このほかにも当ホテルはフードロス削減、シニア雇用、地域貢献、省エネなど、SDGsの17のゴールに向けて積極的に課題に挑み行動しています。
「持続可能な世界」を実現するために、今後さらなる具体的な取り組みを進めてまいります。
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