- まちづくり・地域活性課題
- Case
2022.01.14
地域のあらゆる情報を観光資源に。新しい観光"メタ観光"とは
「すみだメタ観光祭」事例 観光DXやマイクロツーリズムだけではないその可能性を探る
ウィズコロナが続く昨今、地域の新たな魅力を発掘し、新しい切り口で街を見直したり観光のデジタル化を進めたりすることによって観光資源を発掘していく、というような新しい取り組みを様々な自治体や企業が模索しています。今回はメタ観光の提唱者である一般社団法人メタ観光推進機構の牧野友衛氏に、2021年9月から12月にかけて実施した全国で初めてのメタ観光の取り組み「すみだメタ観光祭」について、また、メタ観光で目指すこれからの観光のあり方についてお話を伺いました。
- メタ観光とは、場所の価値情報を「見える化」する新しい観光の概念
- 多様な立場の方との協働で地域の魅力を可視化 「すみだメタ観光祭」
- 100万人が集まる場所を1ヶ所、ではなく、1万人集まる場所を100ヶ所作る
- 全国の地域に、メタ観光の考え方・メタ観光マップをご提案したい
- 観光DXやマイクロツーリズムだけではない、メタ観光の5つのテーマ
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PROFILE
一般社団法人メタ観光推進機構 代表理事 牧野友衛氏
GoogleマップやYouTubeの日本版の開発、Twitterの国内の利用者拡大の責任者を務め、2016年から2020年までトリップアドバイザーの代表取締役。総務省「異能(Inno)vationプログラム」 スーパーバイザー、日本政府観光局デジタル戦略アドバイザー、東京都の観光振興を考える有識者会議委員も務める。
(聞き手)
株式会社JTBコミュニケーションデザイン 笹田圭一郎
エリアマネジメント部 プロデュース局 営業開発第一課 マネージャー
株式会社ジェイ・アイ・シー(現JTBコミュニケーションデザイン)入社以来、観光プロモーションや商業施設を中心とした広報・販促、エリアマネジメント等に従事。インバウンド最盛期も含め大阪・道頓堀エリア振興に携わる。現在はウィズコロナの中、どう地域を活性化させていくかという課題に真摯に向き合う。
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※社名・肩書きは2022年1月時点のものです。
※今回の対談は、JTBコミュニケーションデザインが運営に携わる「ユートリヤ すみだ生涯学習センター」にて行いました。
1 メタ観光とは、場所の価値情報を「見える化」する、新しい観光の概念
笹田
さっそくですが「メタ観光」とはどういったものなのか、解説をいただけますか。
牧野
「メタ観光」とは、地域の観光資源の価値を文化的・歴史的意義だけでなく、「アニメの聖地」や「インスタ映え」など様々な角度で捉え、それを複数の階層・多層レイヤーとしてオンライン上のメタ観光マップに落とし込み可視化して、楽しむ観光のことです。
観光には様々な形態があり、それぞれにグリーンツーリズムやスポーツツーリズムなど、独自の呼称が存在しています。それに対してメタ観光は、これら個別の観光形態よりも一段上位(メタ)にある観光概念なんです。
インターネット業界から観光に携わるようになって、そもそも"観光とは何なのか"と改めて考える機会になりました。人がどう移動しているのかと考えたときに、場所の「価値情報」に基づいて移動していること、つまり"観光とは「情報の消費」なのではないか"と気付いたんです。
また、情報は1つの場所に複数存在することが出来ます。ですから、同じ場所でもドラマのロケ地だから訪れる人や小説に登場する場所だから訪れる人等、それぞれ目的が異なることも可能です。しかし、隣の人が何を目的で訪れているかまではわからないですよね。隣の人の目的を知ることができたら、その場所のことがもっと楽しめるはずで、「隣の人が楽しんでいる価値」を可視化しようと思ったのが、メタ観光をつくったきっかけでした。
テクノロジーの進化と普及によって、観光の行動は変わりました。一昔前は、観光情報といえば地図や看板、ガイドブックで掲載することしかできませんでしたが、今はオンライン上で無限に情報を載せることができます。アニメの聖地巡礼は、2007年に放映されたアニメ番組『らき☆すた』が動画配信サイトで拡散されたことがきっかけで生まれました。20年前だったら探そうと思っても見つけ出すことが難しかったことが、今は個人的な趣味の情報を投稿しても反応してくれる人がいて、地図やガイドブックに載っていなくても、ネットさえあれば見つけることができる時代ですよね。
ちなみにメタ観光を説明する際、よく「街歩きをツーリズムにされているんですか?」と聞かれるのですが、それは違います。メタ観光では、あらゆる個別の観光形態を位置情報としてマップ上に示すことを目指しているため、その対象となる情報は一般的な街歩きの情報だけに限りません。またそれらの情報を可視化するためにオンラインマップに掲載する、という点がユニークな点だと考えています。
2 多様な立場の方との協働で地域の魅力を可視化 「すみだメタ観光祭」
笹田
すべての情報を観光資源として考え、それを1つのカテゴリーに留めないのがメタ観光なのですね。「すみだメタ観光祭」では、JCDも企画段階から携わらせていただきましたが、まず墨田区でこの取り組みをはじめた背景、そして具体的な取り組みについて教えてください。
牧野
墨田区では2012年に東京スカイツリー?が開業し、区内の回遊性が期待されました。しかし、現状は一極集中してしまい、周辺地域や他の地域へ人が流れていないことが課題となっています。
一方で、墨田区には、伝統工芸体験や昭和的でレトロな街並み、向島の花街などの歴史的な観光コンテンツが多くあり、メタ観光が主唱する「多層レイヤー」の宝庫です。なので、今回を機にメタ観光マップを作成することによって多様な地域の文化資源・魅力を可視化することができれば、墨田区の観光振興に繋げることができるのではないかと思い、取り組みを始めました。
「すみだメタ観光祭」の取り組みは大きく分けて2つあります。まず1つは、場所の価値情報をまとめたデータ、「メタ観光マップ」を作る必要がありました。墨田区や観光協会からデータを提供してもらい、ネット上にある情報を集めたりしましたが、同じ場所でも、自治体の各部署によって持っている情報がそれぞれ違うのが発見でしたね。さらにワークショップで地域の人や専門家の目線による魅力の発掘やアーティストによる作品制作を行い、集めた情報を1つの地図にまとめたところ60レイヤーに1,700以上もの情報を載せることができました。あちこちに散らばっていた同じ場所の情報をデータベースとして1つの地図にまとめたものは今まで存在しなかったので、とても価値のあるものになったのではないかと思っています。
笹田
ワークショップでは、参加者の方々が専門家と一緒に地域の魅力を見つけ、街歩きの中で何気ないポイントを再発見していました。専門家の1人として「電線愛好家」の方をお呼びしましたが、ワークショップの参加者からは、「初めて電線の魅力を知ることができた」との声もいただきました。様々な人の視点を取り入れることで、観光のプロでも気が付かない魅力を知るきっかけとなり、見過ごしてしまっている価値ある場所を再発掘できたのは、とても良かったポイントだと思います。
牧野
2つ目は、作成したマップを使ってどうメタ観光を楽しむかという観光振興の部分です。具体的には、メタ観光マップを元にしたモニターツアー、メタ観光マップの完成報告会、墨田区をテーマにしたアーティストの作品展の実施をしました。モニターツアーでは、ツアーガイドの方からも、このメタ観光マップがとても便利でためになる、と好評いただきました。
笹田
このマップが一般化したとき、物語の語り手である自分たちツアーガイドがどうあるべきかを考えさせられたという声もありましたが、観光に携わる人の意識に影響を与えることができた取り組みだったとも感じています。
牧野
今回のすみだメタ観光祭は、文化庁の『ウィズコロナに対応した文化資源の高付加価値化促進事業』に採択された56事業にも含まれています。笹田さんには企画段階から入っていただき、予算策定や文化庁とのやり取りを含めた全体プロデュース・事務局対応等にも携わってもらいましたよね。笹田さんをはじめとするJCDの方々は、私たちのやりたい事業を肌感覚で理解しながら取り組んでくれました。それは、JCDさんが観光プロモーションだけではなく、地域作りなど多角的な事業に携わっているからこそだと感じました。メタ観光の考える、あらゆる情報を観光資源にすることは地域のあらゆる場所が観光地になることであり、従来の観光の考え方の枠を超える必要があります。
笹田
ありがとうございます。私たちもメタ観光を楽しみながら進めることができました。運営側もそうですが、地元の方々の盛り上がりが、地域の魅力に直結していきますよね。
3 100万人が集まる場所を1ヶ所、ではなく、1万人集まる場所を100ヶ所作る
笹田
実際にすみだメタ観光祭に携わることで、新しく気付いた点はありましたか。
牧野
すみだメタ観光祭を通して、観光のプロでも知らなかった情報が多く、まだまだ観光資源は地域に眠っているんだと気が付きました。メタ観光の一番大きな特徴は、従来の目線ではとても観光資源とは思えないものが、新しい観光資源となること。そう考えると、観光地側が「観光」を定義するのではなく、すべての情報を「観光」として捉えるべきなのだと思います。また、メタ観光の面白さは、旅行者が地域の暮らしの中に入っていくところです。そのためには、地域の方々を巻き込んでいかないと、うまくいかないと改めて感じました。
コロナ禍で観光のあり方が変わって行く中、考えるべきなのは「街の魅力が何であるのか」ということです。街の魅力が「人」であるなら、地域住民が観光客に紹介できるレベルで街のことを知っていなければなりません。しかし、それを考える前に施設を作り、観光の集客だけに注力してしまう場合が多くあるように思えます。メタ観光で行っているのは、長期的に見て観光客を受け入れる土壌を地域に作ること。それが5年後、10年後に街の魅力となっていくのだと考えています。
さらに、メタ観光が外国人にも好評であったことも新しい発見でした。モニターツアーは、日本人向けと外国人向けの2回開催しましたが、それぞれ満足度がほぼ100%という結果でした。外国人向けのツアーではその場所の概要だけではなく、例えば江戸時代の生活がどうであったかなど背景も含めて解説します。参加した外国人からは、「ツアーをきっかけに昔の日本のことをもっと知ろうと思った」との感想もあり、インバウンドの方にも十分楽しんでいただけるニーズも感じました。
笹田
観光のあり方も多様化していますよね。コロナ禍以降、今まで以上に、"自分が興味のある情報を見つけることのできる、自分ならではの旅"をアレンジしたいというニーズが増えているように思います。それこそ、牧野さんがよくおっしゃる「100万人集める場所を1ヶ所作るよりも、1万人集める場所100ヶ所を作る」ということが、今の時代にはしっくりくると感じます。
4 全国の地域に、メタ観光の考え方・メタ観光マップをご提案したい
笹田
メタ観光の今後の展開イメージについては、どう考えていらっしゃいますか?
牧野
今回のすみだメタ観光祭では、準備期間の関係で実現できないことも多くありました。特に墨田区は町会との結びつきが深いので、町会と私たちがもう少し連携できていれば、さらにローカルな情報を入れられたのではと思います。情報を集めたり、地図を作ったりすることに関しても、地域のボランティアを入れて協力してもらうことで一緒に観光を作っていくことで自分ごととして考えてもらうようにしたいので、今後の改善点としてやっていきたいですね。
また、墨田区には看板建築といって洋風の建物のように見せる木造の家屋が多くあります。でも、看板建築がどこにあるのかというデータはどこにもありません。なので、建築史家の方等を巻き込んで墨田区の看板建築のレイヤーを作るということをワークショップでやってみるのも面白いんじゃないかと考えています。
笹田
他エリアでも本格的にメタ観光を取り入れることをイメージしていて、実際に12/4に開催した観光会議以降、自治体の方や企業の方から「自分たちの地域でもやってみたい」と多くの声をいただいていますよね。
牧野
墨田区では、情報の調査・ワークショップ・アーティストの作品制作や展示・マップの作成、とフルパッケージで開催しましたが、情報の調査とマップ作成だけを行うということも可能です。ですので、それぞれの地域の事情に合わせて組み合わせていくことができます。エリアに関しても墨田区や台東区などの行政区域で分けるのではなく、地域の特徴で区切ってもいいですね。地域ごとにそれぞれ特徴がありますし、ガイドブックには出ていない情報もたくさんあるはずなので、メタ観光でしっかりそれぞれの地域の良さを可視化していきたいと思っています。
笹田
すみだメタ観光祭の参加者からは、全国版のメタ観光マップはないのかとの声もありました。メタ観光はどの地域にとってもポテンシャルのある取り組みだと思うので、墨田区での実績を活かし、全国の地域へヨコ展開させていきたいですね。そして、いずれは日本各地のメタ観光マップを作成できたらと思っています。
5 観光DXやマイクロツーリズムだけではない、メタ観光の5つのテーマ
笹田
それでは最後に、メタ観光の取り組み全体を通じて成し遂げたい今後の展望、目指したいことについて教えてください。
牧野
メタ観光で目指している5つのテーマはこちらです。
1つ目は、すでに存在しているけれど分散している情報を1つのデータにまとめることによって、観光のデジタル化、いわゆる観光DXを実現すること。
2つ目は、自分だけではなく人が楽しんでいる価値も見える化し尊重することによる、ダイバーシティ。
3つ目はマスから個性へ。多様化した価値観への対応や、ウィズコロナ時代の分散型観光やマイクロツーリズムが実現できるということ。
そして、サステナブルとシビックプライドです。メタ観光では、大きな費用を投じて施設を作らなくても、今まで観光として捉えていなかった場所や視点も観光資源となることがわかり、さらには地域住民がその地域の魅力に気付くという好循環が生まれます。どの地域でも取り組むことができますし、メタ観光に取り組む地域が増えれば増えるほど、新しい観光のあり方が根付いていくはずです。
「自分たちの地域には何も観光するところがない」とおっしゃる方が多いのですが、観光が多様化している今、切り口は無数にあります。今後もメタ観光を通じて地域の観光課題を解決するのと同時に、そうした新しい観光のあり方を広めていきたいですね。
笹田
サステナブルとシビックプライドの好循環、まさにその通りですね。シビックプライドという点でいうと、最初はあまりピンときていなかった関係者の方でも、プロジェクトを進めるうちにより自分ゴトとなり前のめりに楽しんで参加していただけた、というような場面もありました。
観光のデジタル化は、今後も加速していくはずです。今までは旅マエ、旅ナカ、旅アトとそれぞれ切り分けてプロモーションを仕掛けていましたが、デジタル化が進む中、今後はすべて旅ナカになっていくのでないかとも思っています。旅マエもメタ観光のようにまとまった情報を見ることができれば、自分が行く予定の場所以外の情報がたくさん出てきて、旅アトもずっとメタ観光マップ上で繋がりをもつことができます。そのときにその自治体や観光協会がどうあるべきかを考え、リードしていくのがJCDとしての役割だと感じています。
観光案内所だけではなく文化施設等の運営にも携わり、自治体様や観光協会様との綿密な関係性を持っているのがJCDの強みです。また長年、地域住民や観光客の方々の声を直接聞いてきたので、地域と密になって課題を解決していくノウハウも持ち合わせています。私たちも牧野さんと一緒に「メタ観光」を広めていき、様々な地域の既存の観光資源を活かし、観光DX、そして地域の住民にとっても地域外からくる観光客等にも魅力のある、持続可能な地域づくりに少しでも貢献できればと思っています。