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2018.11.02
障がい者アスリート小池岳太が語るコミュニケーションデザイン(3)
パラアスリートの就職サポートを行う久野氏に聞く、
企業所属選手のコミュニケーションの秘訣とは
小池岳太選手は、アスリートのための就職支援制度を活用して現在のJTBコミュニケーションデザインに就職しました。今回対談に登場していただいたのは、小池選手の就職活動支援を担当された久野孝男さんです。選手が競技活動を続けながら、企業や社会にスポーツの価値をどう還元し、会社でのコミュニケーションをどう図っていけばいいのか。コミュニケーションの重要性について、語り合いました。
<聞き手:スポーツジャーナリスト 宮崎恵理氏>
障がい者アスリートの就職支援とは
----久野さんが実際に障がい者アスリートの就職支援の業務に携わるようになったのはいつからでしょうか。
久野
2014年4月からで、ソチパラリンピックが閉幕した直後です。
小池
僕が転職を真剣に考えていた頃ですね。
久野
スポーツがもつ力を、スポーツ界だけにとどめておくのはもったいない。企業の中で生かされることがいっぱいあるのではないかと思っています。それはアスリートが、自分の目的や道を極めるために取り組んでいること、能力をビジネスの世界で生かすということです。それが、企業にとっての財産になるのではないか、と。
小池
僕が転職をするにあたり、日本パラリンピック委員会(JPC)のスタッフに紹介していただいたのが久野さんでした。
アスリートの就職支援に携わる、久野氏
小池
転職を考えていた頃、前職に所属したまま、スポンサーという形で支援してくれる企業がないかと思って探していたのです。でも、転職した選手がのちにメダルを取って社内でもとても盛り上がった、活性化したという事例を聞いてこれは素晴らしいと思って、スポンサーではなく転職を真剣に考えるようになりました。
障がい者アスリートと企業とのマッチング
----パラアスリートの小池選手と最初に会った時の印象はどのようなものでしたか。
久野
パラの選手にお会いしたのは、小池選手が初めてでした。小池選手と出会った瞬間に、なんて感じのいい人なんだろうって、心がほぐれるような感覚がありました。まずは、小池選手に自分ができること、できないことをきちんと説明していただいたんです。例えば、社会人として必要な名刺交換では、片手だから少し時間がかかってしまう。でも、ネクタイは自分一人で締めることができる。ざっくばらんにそういうことを具体的にお話いただいたので、すごく理解することができました。
----小池選手とJTBコミュニケーションデザインとのマッチングの要因はどんなことでしたか。
久野
小池選手は、コミュニケーション力が非常に高いんです。そして、発信力がある。その強みが、最大の要因だったと思いますね。
----実際に、転職を考え始めたのはいつからなのですか。
小池
2010年のバンクーバーパラリンピックが9位に終わり、当時、合宿以外はフルタイムで勤務しつつ練習を続け、2014年ソチパラリンピックに出場するも、やはり9位に終わりました。自分としてはまだ練習次第でメダル獲得に向けて成長できるはず、という手応えがあった中、当時の練習時間・内容、経済状況ではとても厳しい、もう無理だと、絶望していたんです。実際、海外遠征含め個人的なトレー二ングやフィジカル、用具に関する専門家への費用は個人負担でして、ソチ前にはネット上で募金を募り多くのご協力をいただいてきた経緯もありました。
前職にはできる限りのサポートをいただきましたが、ソチが終わって、さらなる環境が必要ということを痛感したことで実際の転職活動に入りました。
----転職を考えたときに、どんなことを求めて久野さんとコミュニケーションを取られていたのですか。
小池
競技を続けるという点で重視していたのは3つ。まずはしっかり練習できる時間。それから質を高める練習を専門家に見ていただくための費用等、経済環境を整える上で、全部ではなくても半分でも費用の面で助けてもらえること。もう一つは、仕事として少しでも貢献することです。社会人としても成長したいと思っていました。
就職を希望する選手は多くの企業の前でプレゼンテーションする機会が与えられます。本来、そういう経験を経て就職となるのですが、それをせずに就職することを久野さんにお願いしていたんです。というのも、まだその時点では前職に所属していましたから、前職の企業名が知られてしまうことになる。前の会社が選手の支援を十分にしなかったのではないかというネガティブな印象を、他の企業に持って欲しくなかったんです。それをありのままに久野さんにご相談したら、それを受け止めてくださって、プレゼンをせずに転職する方法を探ってくださいました。
久野
正直言えば、大変でした(笑)。なのでその時期に応募があった企業さんにこちらから小池さんを紹介する形で進めていきました。
----2014年11月に、小池選手は転職されたのですね。
小池
転職を模索し始めてから決意するまでおおよそ半年かかりましたが、退職の際にはお世話になった皆様にできる限り直接御礼を伝え、円満な退職の運びとなりました。
久野
本当に小池選手のことを応援してくださるということであれば、最後には快く送り出してくれるよと言っていましたが、実際にそういう形で退社されましたね。
小池
はい。皆さんに、いい道が見つかってよかったねと言っていただきました。
久野
私たちは選手自身が一番いいと思った道を選べるようにしたいと業務を行なっているんです。
小池
当社に入社したばかりの頃、上司、役員とともに前職に出向いてくださって、挨拶してくださいました。このこともすごくありがたかったです。
JTBコミュニケーションデザイン入社当時の小池
企業所属の障がい者アスリートに求められるコミュニケーションとは
----就職支援して実際に転職した選手たちと、その後のお付き合いはあるのですか。
久野
選手は一人で新しい環境に入っていくわけです。就職後の会社とのコミュニケーションであったり、採用企業側もアスリート雇用が初めてだったりするわけです。ですから、定期的に聞き取りや選手の研修会などを通じてコミュニケーションをとっています。選手もそこで集まって情報交換をすることができます。小池選手は会社での業務時間の割合が多い方ですが、企業とのコミュニケーションが少なくなってしまう人も少なくない。だからこそ、自分からコミュニケーションを積極的にとるなどをアドバイスします。
----転職して4年。今年小池選手が出場した平昌パラリンピックに社員が応援ツアーに出かけたなど、社内のコミュニケーションが変わってきたとお聞きしています。
久野
選手が入ることによって会社の中で化学反応が起こる。これこそが、スポーツのもつ力の作用、アスリートの能力なのではないかと思うんです。小池選手は定期的にちゃんとレポートを提出してくれる。そのくらい発信力がある。だから私も都度、小池選手の現時点での競技成績、記録を確認することができています。
小池
ありがとうございます。平昌は直前に決まりましたし、芳しい成績は残せませんでしたが、出られたことで多くの社員の皆様に喜んでいただけたことは本当によかったと思っています。
JCD社員による応援
久野
私も池選手の活躍を拝見していて、テレビに出るような選手が自分の会社にいるというだけでも社員の方の印象って違うだろうと思うんですよ。会社で会う小池選手の姿とは全く違いますからね。励みになると思います。
小池
当社には、業務としてもいろんなチャンスに挑戦させてもらっていると感謝しています。例えば競技活動の様子を発信するチャンスを下さったこと。競技活動を優先しながらもできることはあるものだと、以前は全く気づいていませんでしたのですごく新鮮です。インターネットを通じた近況報告は、世界中どこにいてもネットさえ繋がっていれば隙間時間でできますし、そういう報告に反応してくださる社員がいっぱいいるということも嬉しい発見でした。
平昌から実際に発信した社内SNS
久野
海外からの近況報告なんて、すごく臨場感があるじゃないですか。飛行機の中で書いているとか、そういうことも。
小池
まず自分にできることから始めたのですが、予想以上に社内でのコミュニケーションが広がっていって、僕やパラリンピックのことを知っていただくことにもつながっていると思います。応援メッセージもすごく増えました。
久野
それが就職した企業への貢献ですよ。
小池
平昌パラリンピックが終わってから社内の特別賞をいただいたことで、さらに広がっていったんです。「頑張れ、お前は会社の星だ」という恐れ多いメッセージもいただきましたが、実際の業務に僕を活かせないかという提案などをいただくことも増えてきました。すごく大きなチャンスにつながっています。
JCD AWARD 2017 社長特別賞受賞の様子
「スポーツの持つ力」は無限
----久野さんから、先ほど「スポーツの持つ力」というキーワードがありました。そこに着目されたきっかけ、エピソードなどはありましたか。
久野
実際に選手と直接触れ合う中で、彼らがどれほどの努力をしているか、それが並大抵の努力ではないということをひしひしと感じるようになったんです。彼らは、自分を追い込んで練習して、それでもまた次の練習に立ち向かったりする。そういうことはビジネスの世界には多くはありません。
小池
ある意味、それこそが選手にできることです。
久野
選手は、強固な目標設定があって、努力を惜しまずに前進していきます。選手は目標を達成するために、一人で、あるいはトレーナーやコーチなどと力を合わせて段階ごとにどう進むべきか緻密なプランを立てて前に進んで、本当に実現していくわけですね。そういう実行力のありようこそがスポーツの持つ力でもあると思うんです。
小池
設定した目標通りに実践できれば、良い成績に結びついていけるのですが。なかなか、難しいところでもあります。それでも、目標に向けて様々な障壁に対してどう立ち向かっていくか、良いときも悪いときもありのままの姿をレポートでは書かせていただいています。
久野
選手はやはり応援されてなんぼ。例えば遠征先からお土産を持ってきたら、一人一人に配って、ありがとうございます、これからも応援してくださいって言えば、ファンが増えていくよと。それはビジネスの世界でも同じですよ。新しい営業の場面でそういうスキルが生きる。そこは、小池選手は上手だと思います。
小池
競技中の写真でポストカードを作ってみなさんに配ったら、会社のデスクに貼ってくれたりしています。定期的に開かれている社内勉強会でスポーツを取り上げてくれた時には、チェアスキーを展示したり体験してもらったり。また一緒にストレッチ教室みたいなことで体をほぐしてもらったりしたこともありました。日々の報告も、本当に練習内容だけの地味なものも多いんですが、それでも、コツコツ続けることで、共感くださる方が増えてきたと感じてますね。
社員の席に貼られたサイン入りのポストカード
久野
それはすごい。そういうことも積み重ねだね。
小池
平昌パラリンピックまでは、競技活動の認知はある程度成功できたという手応えがあります。でも、これからがまた大事だなと思っています。今後は自転車競技に取り組む中での発信のみならず、参加型の応援やイベントも企画していきたいですし、国内開催の東京パラリンピックにいかに興味を持っていただけるか、今までと同じではダメだという危機感があります。
久野
これから自転車競技で頑張るところを、また見てもらえる。十分に新鮮なんじゃないですか?
小池
はい。自転車はどこでも練習できますからそういった特色も生かしたいですね。例えば社内の一角でローラー練習するなどの工夫次第で、どんな練習をしているかを見ていただいたり、実際に乗っていただくこともできるかもしれません。今度、上司に相談してみようと思います。
久野
企業にとって、実際どんな競技に取り組んでいるかを知ってもらうことは大事ですね。パワーリフティングの選手がある企業に就職してから、社内にパワーリフティングの練習ができるスペースを設置したんです。社内だから、じゃあみんなでやってみましょうということになって、社員が楽しむようになった事例があります。
小池
素晴らしいですね。一緒にやることで難しさもわかるし、続けていけば体力もついて体型も変わりますから。弊社でも平昌前、国内の競技大会の時に1日は応援、大会が終わってから一緒に滑るというスキーツアーは実現しました。そしてつい先日の自転車大会にも大勢の社員の皆様が駆けつけてくださいました。
久野
へえ、それは楽しそうだ。
小池
スキーツアーは2年前のことですが社内のスキーサークルが中心で、社員のご家族も参加してくれました。自転車ツアーは、JTBグループの企画として大会応援と地域の清掃を組み合わせたものでしたが、当社のみならずグループ全体の社員向け応援ツアーとして初めて実施していただきました。
久野
興味を持ったところから、その輪が少しずつ広がって行くことで会社、企業の理解は深まっていきます。そしてそういう企業が増えていけば、今度は社会全体も変わっていきます。それこそが、アスリートたちが企業にいる大きなバリューになるし、スポーツの力が広まって行く無形のレガシーになると思いますね。
社員が参加した、スキーツアー&自転車大会観戦ツアーの様子
----最後に、今後活躍されるであろう選手たちの展望などをお聞かせください。
久野
もともと私が感じていたパラスポーツの力、アスリートの力を、企業の中で生かしていくということを継続し、浸透していけば、今後も広がり続けるだろうと期待しています。
小池
私自身、パラスポーツは老役男女、誰でもスポーツとして楽しめる魅力があることを広めていきたいですし、ひいては国民一人一人が日常生活にもっとスポーツを取り入れていくことで健康増進や地域の輪を広めていけたらという願いがあります。そのためにも、まずは自転車競技でしっかり結果を残していきたいと思います。そして、東京パラリンピックの舞台に立って、会社のみなさんにまた応援していただけるように、さらに精進しようと思っています。
久野
応援しています。
小池
本当にお蔭さまで道が開けています。ありがとうございます!
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